草食系 (?) ブラックホールの発見

~ブラックホール新星 XTE J1752-223の出現から消失まで~

日本天文学会記者発表 2010年9月21日14時00分~ (於 金沢大学)

情報の解禁日: 日本時間9月22日早朝

発表資料(pptx)asj2010_maxipress_files/kishapresen.pptx
 

発表者

三原 建弘 (理化学研究所 先任研究員)

中平 聡志 (青山学院大学 博士後期課程)

2009年10月23日にいて座に出現したX線新星(天体名:XTE J1752-223)をMAXI *[1]で観測することにより、新種のブラックホール新星であることがわかりました。従来のブラックホールを、多量のガスを一気に飲み込む「肉食系」に例えるなら、XTE J1752-223は、ガスを少しずつマイペースで食べる「草食系」ブラックホールであると言えます。

 ブラックホールは単独では観測することが困難ですが、普通の恒星とペアになったブラックホールでは星からのガスが流入し始めると、電波からX線までの広い波長で爆発的に明るく輝きだすことが知られています。この爆発現象はアウトバーストと呼ばれています。今回MAXIは、XTE J1752-223が出現してからアウトバーストが終わるまでの8ヶ月にわたりほぼ連続的にデータを取得しました。詳しく解析したところ、この星がブラックホールを伴う星であり、ゆっくりとX線の明るさが増加していることを発見しました。これまで知られていたブラックホールでは急激なガス流入のため10日以内に明るさがピークに達しますが*[2]、XTE J1752-223は3ヶ月もかかってピークにたどり着きました。しかも、明るくなる過程は単調ではなく、2度ほど明るさが変化しない状態にしばらく留まりました。この階段状の光度変化は、これまでの理論では説明がつかないため、XTE J1752-223は新種のブラックホール新星だと判明しました。


 私たちの銀河(天の川銀河)には太陽の3倍から数10倍の質量をもったブラックホールがたくさん存在しています。X線はブラックホールに吸い込まれる直前に数億から数10億度に加熱された高温の物質から放出されるため、X線観測はブラックホール近傍の情報を引き出す重要な研究手段となります。

 アウトバーストは流入したガスがなくなるまで数百日にわたって継続し、明るさやスペクトルが時間とともに変わっていくので、常時監視していくことが重要です。一般に、アウトバーストの始まりでは高温で膨らんだガス円盤が形成され高エネルギーのX線を放射します。その後ガスの流入量が増加して光度が増すとともに状態が変化し、やや低温で薄く、ブラックホール近傍まで伸びるガス円盤に変化します。2つの状態がどのように変化するのかよく分かっていませんが、近年はX線で検出した状態変化の兆候を元に電波や赤外線による観測をおこない、多角的に調べるという研究がおこなわれています。

 2009年7月に打ち上げられた国際宇宙ステーション搭載の全天X線監視装置MAXI(Monitor of Allsky X-ray image)*[1]は全天に存在する数100個のX線天体を1年以上にわたってモニターし、変動現象の発見・速報をおこなっています。

補足説明

[1] 全天X線監視装置MAXI(Monitor of All sky X-ray Image)


MAXIは2009年7月にスペースシャトル エンデバー号で国際宇宙ステーション(ISS)に運ばれ、若田光一宇宙飛行士によってロボットアームで日本実験モジュール「きぼう」の船外実験プラットフォームにとりつけられました。MAXIは全天モニターで、宇宙空間の様々な方向、すなわち天球上の広い領域をISSの毎周回に観測する目的でつくられた装置です。空間分解能の観測能力では他のX線望遠鏡衛星におよびませんが、ISSの周回にしたがって約92分の1周回での88%を、1日では96%を観測することが可能です。過去の全天モニタと比較して10倍近くの感度を達成できるので、MAXIはX線で輝くあらゆる天体の変動を連続的にモニタすることや、新しい天体の突発的な現象を探るのに適しています。 2009年8月はじめから現在までの1年以上にわたる観測で、我々はブラックホール連星や中性子星連星などのX線天体の変動現象を多数捉え、国際的なコミュニティに対して50件ほどの速報をおこなってきました。

また、これまでの全天モニタとは違い、変動をモニタするばかりか、MAXI単独でもエネルギースペクトルを取得して詳細な科学的解析をおこなう能力があります。


MAXIに関するより詳細な情報はこちらを参照してください

理研による概要と公開データのページ(現在220個余の天体の光度曲線データが毎日更新されています)

http://maxi.riken.jp/

[2]これまで知られている代表的なアウトバーストの光度曲線との比較


 過去のものは、急速に増光して10日以内にピークに達していますが、XTE J1752-223は2度の停滞期間を含みながら階段状の光度変化を示し、90日程度で最大値に達しています。一方で、ピークに達したあとの指数関数的な減光はこれまでのものと共通しています。

(左)「きぼう」全体の写真、曝露部の手前側にあるのがMAXI ©NASA

(右) MAXIによって取得されたX線による全天の画像、ここに映っている天体は中性子星やブラックホールなどとふつうの星を主星とした連星系天体の他、超新星の残骸、活動銀河、銀河団など多様である。(MAXI搭載のガススリットカメラ: GSCで取得したもの。暗いものまで含めて数百もの天体が検出されている。) ©JAXA/RIKEN

MAXIによる1日の観測のアニメーション

それぞれ、同期した時刻におけるの

(中央) MAXI搭載ガススリットカメラによる全天の画像

(左下) MAXI搭載RBM(radiation belt monitor)のカウントレート世界マップ上のISSの位置

(右下) MAXIによって取得されたXTE J1752-223の光度データ

をあらわしてしています。

MAXIはISSが粒子バックグラウンドの高い領域を通過するときは観測を停止し、視野が目標天体の方向を向くたびに光度データが取得されていることがわかります。

研究グループ (五十音順)

青山学院大学

吉田 篤正 , 小谷 太郎, 山岡 和貴, 中平 聡志,


宇宙科学研究所

海老沢


宇宙航空研究開発機構

川崎 一義, 上野 史郎, 冨田 洋, 小浜 光洋, 足立 康樹, 板本 康治


大阪大学

常深 博, 木村 公, 北山 博基


京都大学

上田 佳宏, 磯部直樹, 江口 智士, 廣井 和雄, 志達 めぐみ


総合研究大学院大学

石川 真木


中央大学

坪井 陽子, 鵜澤 明子 , 松村 和典, 山崎 恭平


東京工業大学

河合 誠之, 森井 幹雄, 杉森 航介, 薄井 竜一


日本大学

根來 均, 中島 基樹, 小澤洋志, 諏訪文俊


宮崎大学

山内 誠, 大休寺 新


理化学研究所

松岡 勝, 三原 建弘, 杉崎  睦, 芹野 素子, 中川 友進, 山本 堂之, 五月女 哲哉

新種のブラックホール新星XTE J1752-223のMAXIによるX線強度の変化と、各観測時期に対応するX線カラー画像*を示した。最大光度に達するまでは3ヶ月かかり、最大光度の前と後でX線像が青から赤へと変化した。 これは高いエネルギーのX線を放出する高温のガス円盤が、低いエネルギーのX線を放出するやや低温でブラックホール近傍まで伸びるガス円盤に変化したことをしめしている。

*2-4 keVを赤、4-10 keVを緑、10-20 keVを青で示した

mpeg4形式ビデオ、windowsではcodecが必要な場合があります。

mpeg1形式はこちら

問い合わせ先

351-0198

埼玉県和光市広沢 独立行政法人 理化学研究所 MAXIチーム

048-467-8267


URL: http://maxi.riken.jp/

横軸は、増光開始からの時間

縦軸は、見かけのX線強度(log表示)

通常のX線新星は、この図で直線的に、つまり指数関数的に減光している。

MAXI-GSCによって取得した、銀河中心周辺のX線画像。緑色の矢印で示した天体が、XTEJ1752-223。カラーはX線のエネルギーに対応しており、天体の個性によって様々な色に見える。 XTEJ1752-223はソフト状態の降着円盤からの低エネルギーX線放射によってやや赤い色をしている。